【山田隆さん/昭和女子大学 グローバルビジネス学部 会計ファイナンス学科 教授】 勉強することの大切さを若い世代に伝えたい
証券営業からファンドマネージャーへ
大学の会計学科を卒業後、最初に就職したのは証券会社の営業職でした。今はコンプライアンスが厳しいので証券会社の営業姿勢も随分変わったと思いますが、当時の証券営業といえばいわゆる「ブラック」、ここではお話できないようなこともたくさんありました(笑)。ただ、新卒で入った時に私の指導を担当してくれた先輩がファンドマネージャー(※)を目指していまして。証券業界にはそういう職種があるのだということを初めて知りました。その先輩の影響で私もファンドマネージャーを目指したのですが、ちょうど景気が悪化し株価がどんどん下がっていく時期と重なったため営業職からの異動が難しくなり、「それならば」と資産運用会社に転職、そこから20年間ファンドマネージャーとして勤めました。
ファンドマネージャー時代は、厳しい仕事ではありましたが、ノルマがあるわけではないので精神的には非常に楽でした。時はITバブルを迎え、私もIT系ファンドを担当することになり、当時個人の運用総額だと1000億円くらいを一人で運用していましたね。たまたま自分が運用しているファンドのパフォーマンスがよかったこともあり10年間の運用成績で最優秀賞を受賞することもできました。
でも実は、この賞をいただいた時は既に教員になるために辞めようとしていたんです。取締役には「ここからさらに頑張ってもらおうと思っていたのに…」と言われましたが、迷いはなかったです。
(※)ファンドの運用担当者のこと。投資家から集めた資金の投資先や資産配分を決めて運用の指揮をする専門家。
もう戻りたくない!地獄の社会人大学院時代
キャリアチェンジを決意したのは、ちょうど35歳の誕生日を迎えた頃でした。たまたま休みをもらってベランダから外を眺めていたら、前の畑で農家のおばあさんが普通に畑仕事をしていたんですね。それを見ているうちに「あの人にとって今日株が上がろうと下がろうと何も関係ないんだ、自分は毎日なんでそんなことを気にしているんだろう」って。今35歳で、あと35年後には自分はいないかもしれない、このままこの仕事を続けていていいのだろうかという思いが湧き起こりました。
もともと、いつかは教育の世界に行きたいと思っていたんです。当時、大学で実務家出身の教員起用が流行っていた時期でもあったのですが、一方で「自分の仕事の自慢話ばかりする」という良くない評判もありました。自分でやるなら専門分野の学術的なバックボーンをきちんと携えた上で教員になりたいと思っていたので、自分の会社の近くに金融系の社会人大学院ができると知り、すぐに受験をしました。
通い始めると、想像以上に厳しい日々でした。来ているのはほとんど社会人で、先生たちも私たちが日中仕事をしていると知っているはずなのに、まあ情け容赦ない課題を出すんですよ、本当に。仕事の後、夜6時から9時半くらいまで、土曜は終日大学院に通い、明け方まで課題をやって寝ずに会社に行くことも多々ありました。働きながら学び続けるのは並大抵ではない、生まれ変わっても絶対に二度とやりたくないです(笑)。
ただ、修士課程が終わる頃、指導教官から博士課程を勧められたんですね。その時は決心がつかなかったのですが、大学院の後輩から「山田さんが研究している分野を専門にしている先生がいる」と紹介され、またその先生が修士課程の先生と知り合いだったこともあり、博士課程まで行くことになりました。でもやはり、本業がありながらの研究は相当にきつく、結局3年で終わるところを4年かかって博士号を取得することができました。
会社員時代の「プレゼン力」が武器となる
博士号を取った後は、いろいろな大学の公募に応募したのですが、研究歴はないし教歴はないしで、ことごとく落ちまくりました。ただ、母校である中央大学に実務家が教えるコースがあったので、そこで非常勤講師として教えたり、名古屋にある大学院ビジネススクールに職を得て教えたりと、教員としてのキャリアを少しずつ積んでいきました。
そんな頃、たまたま大学院時代の後輩と学会発表で会う機会があり、その後輩が昭和女子大学で働いていて、別の大学に移るのでファイナンスを教える後任者を探していたんですね。そんなご縁で2015年に昭和女子大学のグローバルビジネス学部ビジネスデザイン学科に入ることになり、そして新たに作る会計ファイナンス学科の立ち上げにも関わることになりました(※学科長として2018年4月から2024年3月まで就任)。
前職が今の仕事に役立っていると思うのは、プレゼンテーション力です。ITバブル当時、証券会社や販売会社のサポートとして全国を回り、投資家向けセミナーでプレゼンテーションをする機会が多くありました。その時に培った人前で話す経験や、パワーポイント資料のまとめ方などは、今の教育現場でとても活きています。セミナーにしても授業にしても、聞いている人のレベル感は同じではありません。いろいろな方がいる中で、興味のある話をして関心を持ってもらわないとみんな寝ちゃうじゃないですか。転身するまでに都合10年ほどかかりましたが、実務経験があり、アカデミックな理論も修得して、かつ聞いている人を飽きさせないコンテンツが作れるようになったことは、いろいろな意味で良かったと思っています。
「勉強が好き」と堂々と言える社会に
金融業界をはじめ、キャリアアップを目指す20〜30代の方にぜひおすすめしたいのは、「学び直しはまず母国語で」ということです。よくMBAを取得するために海外の大学院に行く人がいますが、私の知る限り大抵の場合、挫折して戻ってきます。よっぽど英語が堪能でないとついていけませんし、学力がある人でも相当にきついはずです。メディアは成功して帰ってきた人ばかりを取り上げますけれど、決して騙されてはいけません!(笑) 理論はまずは母国語できちんと理解することが大事です。今は「学び直し」への社会的機運もあり、優れた先生やカリキュラムを擁する社会人大学院が国内にもたくさんあります。そして国内も意外と甘くありませんから、まずは母国語で体験してみて、それでも行きたい人はそこから海外を目指すのでも遅くはないと思います。
学生と話していると「この勉強はなんの役に立つんですか」と聞かれることがあります。会社の面接でも「どれくらい給料を貰えるんですか」「どんな福利厚生があるんですか」と、働く前から自分が得られるものを先に知りたがる傾向があります。効率を追求したり、成果が得られなければ失敗だと決めつけたり、そういう風潮を作ってしまったのは我々の世代にも責任がありますが、意味のないこと、目的がないことをむしろ積極的にやったほうが、より深い学びに繋がっていくと思うのです。
それは「学び直し」も同様で、必ずしも成果を得るため、学位を得るためだけではなく、「自分のためにやる」というのが重要です。大学に行っても意味がない、資格を取っても意味がないと言う人がいますが、一度そういう雑音は排除して、自分はどういう人間なのか、自分の人生に何を望んでいるのか、冷静に自己分析してゼロから考えてみると良いと思います。
日本人は勤勉だと言われますが、一方で勉強することを(ガリ勉だとか頭でっかちだとか)小馬鹿にするような風潮もあります。勉強する人を馬鹿にする、資格を取る人を馬鹿にする、そんな国は海外にはほとんどありません。「勉強するというのは大事なことなんだ」ということを若い人たちには伝えていきたいですし、「趣味は勉強です」「読書が好きです」と堂々と若い人たちが言えるような社会になっていくことを強く願っています。