【太田彩子さん/株式会社ベレフェクト 代表取締役・「営業部女子課」 主宰】 人生100年時代を豊かに生きるための「キャリアの健康診断」
専業主婦、「営業女子」、そして起業家へ
大学卒業後、私は「専業主婦」でした。初めてのキャリアは企業の営業職だったのですが、そもそも若くして子どもを出産していましたので、当時はバリバリ働くというよりも、「子どもを養うために働かなきゃ!」というところからのスタートでした。しかし、「お金のために働く」から、「やりがいを持って働く」「誰かのために貢献したい」という思いが勝るようになり、29歳の時に独立。現在は主に大企業を中心に人材育成やダイバーシティ推進のプロジェクト支援に携わる一方、複数の上場企業の社外取締役として、経営の監督およびガバナンス強化に携わっています。
2009年には「営業部女子課」というコミュニティを発足し、営業職の女性を応援する活動を始めました。私が働いていた昔の職場では性別関係なく当たり前のように活躍していましたが、起業してあらためて他社を見てみると、多くの企業では、営業部門の女性が非常に少ないという現実を目の当たりにしました。少子高齢化が進み人材不足といわれる中で、これは社会課題であると気づきました。それであれば会社という枠を超えて、女性営業職のコミュニティを作り、お互いが交流し合い切磋琢磨できる団体に育てようと思ったのが「営業部女子課」設立の経緯です。お陰様でこの団体は今も継続していて、定期的にイベントや勉強会などを行なっています。
ライフステージの変化と日頃抱えていた焦燥感
以前から「いつかは大学院に行きたい」と思ってはいたのですが、子育てと仕事でてんやわんやな日々でしたので、「やっぱり私には無理」と諦めてかけていたんです。一方で、子どもの成長にともない、子育て時間が少しずつ減り、自らのライフステージが変化してきたことが、学び直しへのきっかけとなりました。
当時、仕事には満足していましたしやりがいも感じていました。しかし、アウトプットばかりし続けていることに対して「このままでは行き詰まってしまう」という焦燥感が自分の中に生まれていました。ビジネスを取り巻く環境は激しく変化しているのに、「私自身は本当にアップデートできているのだろうか?」と。
女性活躍についても、社会や企業において大きく進んだ部分もあれば、進んでいない部分もあり、もどかしさを感じていました。総務省統計局の2022年度の調査では、営業従事者に占める女性の割合は約19%と低い状況です。どうしてこの状況は変わらないのか、営業職に就いても離脱する、またはリーダー職に昇進する事例が少ないのはなぜなのだろう…。ずっとモヤモヤを抱えていた中で、ある先生の研究実績や書籍を読む機会がありました。そこには産業・組織心理学やキャリア心理学の領域に関わる内容が書かれており、「人の心を科学して解明していく」こと、それも民間企業の人材を対象とした研究であることを知って「これが私のしたいことかもしれない!」と、非常にモチベーションが上がり、すぐにその先生に会いに行きました。その後オープンキャンパスに申し込み、半年後に受験にチャレンジ。無事に進学することになったのが、筑波大学の社会人大学院でした。
学び直しの場で出会った仲間達と課題解決の糸口
大学院での学生生活は、正直大変でした。まず難しかったのは、時間のやりくりです。社会人大学院生は、私に限らず皆働いているため、昼間は仕事、平日夜や週末に大学院に来ることになります。私の場合も、出張や夜の会食などはほぼ行けなくなりましたので、この2年は本当に付き合いが悪くなりました(笑)。
しかし、研究は面白く、楽しい時間はそれ以上にありました。私が取り組んでいた研究は、人の心理のメカニズムを知る分析でしたので、「なぜ人は離職してしまうんだろう」「どうすればイキイキと働けるのだろう」「逆にどういう時にモチベーションが下がってしまうんだろう」という素朴な疑問が明らかになっていく過程は、分析するほどワクワクさが増しました。社会人大学院で重要なのは、いかに研究成果やエビデンスを実業にリターンし、活かしていくかです。知らなかった世界を知ることができ、大変面白かった時間でした。
そして何よりの財産になったのが、仲間との出会いです。私がいた社会人大学院には、下は20代から上は60代まで、様々な業界の、意欲・意識が高い方々が集まっていました。心理学には「生涯発達」という考え方があるのですが、「人は一生成長する」という、まさにその概念を体現しているような方々ばかりで、こういう仲間に出会えたのは一種の驚きでしたし、刺激になりました。
たまには立ち止まって、自分のキャリアの健康診断を
修士課程の2年間が終わり仕事に戻ってからも、自分の研究は完結しておらず、むしろさらに湧き起こってきた疑問・好奇心を形にしたいと思い始めました。女性営業職にフォーカスした心理学分野の研究は、私が知る限りは他には見当たらなかったので、「この分野は私がやるしかない!」という妙な使命感もありました。そんな中、査読論文(※)が通ったこともあり、もう一回奮起してこの4月より同じ大学院の博士課程に進むことになりました。
リンダ・グラットン氏が自身の著書『LIFE SHIFT』の中でも謳っていますが、これまで「学生として学ぶ、社会人になって働く、定年退職を迎えて休む」というようなライフサイクルだったのが、今はマルチステージでどんどん学び直しをしながら流動的にキャリアを形成していく時代になってきています。日本も少子高齢化になり、長く生きる、長く働かざるを得なくなっている状況の中、「今の自分の延長線上だけで本当に良いのだろうか」とたまには立ち止まって考えて見ることが大事なのではと思います。
私の場合は、それが大学院の研究でした。しかし、全員が大学院でなくていい、本を読むことだって、誰かの話を聞きに行くことだって、学び直しへの一歩です。心身ともに健康でいるために、身体の健康診断をするように、たまには自分の生き方・キャリアの健康診断もしてみてください。失敗したっていいんです。私も挫折した資格や勉強はたくさんあって、お金を出して予備校に通ったけれども諦めた国家資格が2つくらいあります(笑)。スモールステップでもいいので、まずは何かアクションをしてみること、これが人生100年時代を豊かに生きるための大きな一歩だと思います。
(※)研究者が投稿した論文を、同じ学問分野の専門家が読んで内容を評価することを「査読」と言う。査読を通過した論文は信頼性が高いとされる。